【Webクリップ】資料として『Japan’s Way』が活用されることに期待

 日本サッカー協会(JFA)は15日、世界一に向けた日本サッカーのビジョンをまとめた『Japan’s Way』を公開した。オシムジャパンの頃から使われ始めた「Japan’s Way」だが、これまで明確に定義されていなかったため、様々な見解が飛び交っていた中で、JFAが公式の見解を提示した形だ。
 とはいえ中々にボリューム(全55ページ)があるので、一般の人が全てを見るのは根気がいる。面倒な人はゲキサカ記事内に竹内記者の整理が掲載されているので、そちらを見ていただきたい。

資料としての活用方法

 Japan’s Wayの発表で最も気になったのが、この資料の使われ方。影山雅永JFAユースダイレクターは今後の期待として「まずは技術委員会で考えていることをしっかり提示して、そこから議論が生まれることをポジティブに捉えたい」と述べているが、実際に議論はされるのかは不透明だ。  主に指導者講習会などで利用されることが予想されるが、その際に議論されるかは疑問だ。指導者に関してはライセンス制度であるため、ライセンスを付与される側が意見することは難しい。協会主導で議論の場が用意されない限り、前向きな議論は生まれにくく、メディアが外から騒ぐだけに留まりかねない。
 加えて、本文内で「このJapan’s Wayも、世界のサッカーの流れに応じて常にアップデートされていく必要のあるものです」と主張していたものの、アップデートの運用については触れられていない。Japan’s Wayの検証をどのタイミングで、誰がどのようにやっていくかが全く分からないため不安が残る。

 堅苦しいビジネス論みたいだが、資料は作って終わりではない。それぞれにライフサイクルがあり、色んな場所を巡り巡るのだ。ましてアップデートまでをも見越しているのであれば、そこまで考慮して活用を進めてほしい。作って終わりの中期経営計画にならないことを願いたい。

目標の上下関係は適切か

 最上位の目標に「ワールドカップ優勝」、そのすぐ下に「世界一サッカーで幸せな国になること」を置いていることも少し気になった。サッカーの全ての活動が優勝のために強くなることに回収されそうだからだ。
 この目標の上下関係からは、サッカーの裾野を広げることも優勝のための活動に、つまり少数のエリートを輝かせるための研磨石を増やそうとしているように見えてしまう。穿った見方ではあるものの、勝利への欲望は人を盲目にするには十分に強く、個々の指導者が優勝を正義として捉え、体罰等の誤った行動を取りかねない。
 ぶっちゃけていえば、優勝しなくてもサッカーで幸せな国にはなれると思う。Jリーグ開幕の感動、ワールドカップ出場の感動はもちろん、逆にドーハの悲劇やロストフの14秒の悲壮感を多くの人々で分かち合ったあの瞬間こそ、サッカーで幸せな国ではないだろうか。

「サッカー以外で幸せな人」もいる

 今後考えていきたいのは、日本におけるJFA、サッカーの位置付け。JFAをはじめ、サッカーにどっぷりと浸かっているとどうしてもサッカーを中心に考えてしまうが、スポーツは他にもたくさんあるし、日常はスポーツ以外にもたくさんある。「サッカーで幸せな国」には「サッカー以外で幸せな人」が大勢いる。彼ら彼女らとどう折り合いをつけて歩みを進めていくのかは、重要なテーマの一つだと思う。
 たとえば「サッカーファミリーを1000万人に」みたいな標語は、興味のない人からしたら嫌悪感を覚えかねない。もちろんJFAがそのような人たちを傷つける意図を持っているとは全く思わない。ただ、サッカー界が拡大するにつれて、外の世界との軋轢は生まれると思う。その時に外からどう見られているのか、どういう関係を作っていきたいのかは、引き続き考えていきたい。